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2011年11月26日 (土)

晩秋奥浜名湖 ・寸座

「晩秋」と「初冬」 この言葉の意味する季節はと考えると、おそらく、気がついたらいつのまにか秋から冬になっていたのかというような時期だと思う。 本格的な冬に入る前の、師走のあわただしさが訪れる前の静かな季節という感じがする。 写真下は私の作品(油絵)で「晩秋奥浜名湖 ・寸座」 F6号。

Bansyuokuhamanako_f6_5

 私の家からここまでは車で30分くらいの場所で、文字通り浜名湖の奥にあたる場所だ。地名は「寸座」と言うが、1200年も昔にある将軍が東征の折に、この近くの峠で小休止をした。つまり一寸(ちょっと)座ったというところから、「寸座」となったとか。 漁のための小さな漁船があちこちに停泊している。 少し南には東名高速道路が浜名湖の湖上を通っているが、ここまでは車の騒音も聞こえてこない。夏の賑わいもなくひっそりとしたたたずまいの風景は、この作品のタイトルにピッタリと思われる。 すぐ裏手の山にはミカン(三ヶ日ミカン)が山の斜面一面に栽培されていて「姫街道」が通っている。東海道は浜松から西に行くとやがて「新居の関所」になるが、浜松から北上すると「姫街道」になり「気賀の関所」へと通じる。この「気賀の関所」もこの近くである。 「入り鉄砲に出女」という言葉のように、取り調べのきびしい「新居の関所」を避けて、多くの女人がこのすぐ裏を通る「姫街道」を行き来したそうだ。おそらく、峠で少し休憩してはこの奥浜名湖の風景を眺めたことだろうと思うと、しみじみと歴史の奥深さを感じる。

Sunza_3 

上の写真は、この漁港の裏山から南の方角を撮影したもの。晩秋で三ヶ日ミカンが色づいている。正面は浜松市街方面、右手には舘山寺温泉がある。

ちなみに浜名湖は南端で太平洋(遠州灘)に通じている。1498年に起きた地震に伴う地盤沈下と、その後の度重なる暴風雨による土砂災害により、浜松湖と海を隔てていた部分が決壊して現在のような「汽水湖」になった。決壊した場所は「今切口」と呼ばれている。

私のホームページも見てくださいね。 左側のリンク ~季節の風を感じて~ からどうぞ。

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